乗り遅れたバス
長濱ねる『乗り遅れたバス』
今回は、長濱ねるさんメイン。日向坂46ができるもっと前の話。
このバスのお話、実はまだ続きがあるんです。
#長濱ねる #欅坂46 #けやき坂46 #日向坂46 #乗り遅れたバス
始発 乗り遅れたバス
溜息をついて、バスを見送る。
バスは、もう行ってしまった。
一駅目 停留所から見る景色
曇天の下、田舎の片隅の小さなバス停で一人、私は泣いていた。随分前から座っていたのに、座ったまま立ち上がる勇気もなく目の前をバスが通り過ぎていくのを眺めていた。
行先は、東京の真ん中。ふたつきも前から買っていた切符が涙に滲んでグシャグシャになってしまった。
その切符を握りつぶすこともできない自分が情けないとも思う。
もし、一言言葉が出たのなら。止まって、と叫ぶことができたなら。
いまは、ただ只管に泣くことしかできなかった。いつになったら次のバスが来るかはわからない。きっと行先も全然違っていて、でも乗るのなら次のバスに乗らなければならなくて。
雨も降り始めてしまった。屋根もないバス停に座って、途方に暮れる。
————バスが来る気配は、ない。
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しばらく座っていると、電話がかかってくる。母からのものだった。
家に帰ると、やっぱり温かいご飯が出て、優しいお母さんがいて、お父さんが食卓で勉強しなさいよ、と諭してくる。
目の前のテレビは今日もワイドショーとバラエティを半分半分に添えて出している。
普通の日が淡々と過ぎていく。
誰も、乗り逃したバスに触れないまま、じんわりと日常が押し寄せてくる。
居間で荷物を解こうとしたら、急に頬を涙が伝う。段々とそれは激しくなって嗚咽し、叫んでいた。
ここは、居心地がよくて、温かくて、優しくて、悲しい位退屈だった。
もう一度、もう一度だけバス停に行かせてほしい。
東京に、行きたい。
————もうあのバスはきっと来ないけれど。
二駅目 遅れ乗車、見切り発車
この辺りは坂がきつい。マイクロバスの送迎をする運転手は、ガス欠を気にしながら走る。今日は一日の送迎が終わったところだ。回送便に切り替えて坂を上っていたところだった。
一人の少女が古臭いバス停で待っている。バス停前にマイクロバスを停める。
運転手は言う。
「こんなとこいても、もうバスは来ねえよ。」
いいんです。もう少しだけ待ちたいんです。
「変な子だねえ…。」
いいんです。
しばらく動こうとしない少女を見かねて、運転手が会社に電話すると、今まだあのバスは東京へは着いていないらしい。どうにも少し寄り道をしているそうだ。
「乗っていきなさい。少し飛ばすぞ。」
がらんどうのバスに少女が一人乗り込む。運転手が名前を聞くと、一言だけ返ってくる。
ねる。
「ねる?ねるちゃん、でいいのかい?」
少女がうなずく。回送バスは発車した。
三駅目 着いてきた仲間たち
回送バスに走らせていると会社から連絡が入る。
もし、あのバスに追いつこうとしてるのなら、ほかに数人乗せて来てくれ。
燃料の無駄にもならないし。
しばらく行くと、別のバス停に10人ほどの女の子が座って待っている。
この子達か、と運転手は理解し乗せる。
空っぽだったマイクロバスは三分の二ほど埋まった。
なかなか長い道のりになりそうだと告げると、覚悟をしたような怯えたような表情でこちらを見ている。
あのバスまでの距離はまだ少しありそうだ。
ねるを含め総勢12人、少女たちはぽつりぽつりと喋り始める。
話し始めると個性の強い子たちの集まりであることに気づく。
すぐに泣いてしまう小柄な女の子、対照的に長身でハキハキと喋る姉御肌の子。幼いながらも強い意志でじっと座っている子。やたらと声の低い子。ノンストップで話し続けるマシンガントークの子、表情は乏しいが優しい子、自分に自信のない色白の美女…。
少しずつ夕方に差し掛かった雨の中、バスは進む。
四駅目 ここからはさよなら
夜が近づいてくる頃、あのバスは目の前まで迫っていた。
きっとあと十分もしないうちに追いつくだろう。
会社から運転手に連絡が来る。
本来、乗り換えをしてあのバスに乗りたいのだが、あいにく定員はあと一人乗せるのが限界なようだ。このマイクロバスも燃料が少し足りない。補給していく必要があってどうしても陽が明けるまでには間に合わないだろう。
一番初めに乗ったねる一人だけを目の前のバスに移し、ほかの11人は遅れて着いていくことになる。
そのことを伝えると、「仕方ないよね。」「先に行って待っていてね。」口々にねるを送り出す言葉を言う。
ねるは、バスを乗り換える。
静かな夜の中、あのバスに乗り込む。乗り逃したあのバス。
————乗り遅れたあのバス。
やっと乗れた。あのバス。行先は、東京。欅坂。
終点 見送ったバス
随分とこのバスに乗って時間が経った。
東京に着いて、それでもしばらくこのバスに乗って東京を回った。
バスに乗っては降りて、東京をめぐっていく。
欅坂から見る東京は、少し怖くて冷たくて、時々優しかった。私は強くなったし、周りにも恵まれた。
色々な景色を見てきた。高いビルが集まる駅。港湾沿いの大きなテラス。夜になり輝きだす街。高いところから見下ろす夜景。人が行き交う雑踏の交差点。
人が集まる東京で、人に見られて、人を魅せてきた。
もう、そろそろいいかな。
欅坂行きのバスを、私は、降りることにした。
日向坂46小説 ~けやき坂46から日向坂46へ。長濱ねるに捧ぐ小さな説(はなし)。
乃木坂46小説と名乗っているのに、全然上げれずに申し訳ありません。今回は、けやき坂46改め、日向坂46と長濱ねるさんのお話。
pvもなければ、原曲もないこの小説は、ただ、けやき坂46という歴史を追ったものです。
長濱ねるさんが卒業を発表されたのは、けやき坂46が日向坂46と改名しシングルデビューを決めた、デビュー直前コンサート後のことでした。
「けやき坂46」という名前と共に、活動をしていた長濱ねるさんに向けて。
そしてこれから走り出す日向坂46に向けて。
微力ながらも応援できたらな、と思います。この文章はむしろ日向坂46に詳しい人向けかもしれません。簡単な読み物とおもって読んでいただければ。
#長濱ねる #けやき坂46 #日向坂46 #オードリー
続きを読む乃木坂46小説『立ち直り中』
1針目 ミシンの音。
板が打ち付ける音がする。ミシンの音だ。慎重に、慎重にミシンを紡いでいく。
右手人差し指から、ゆっくりと左手方向に向かって真っすぐと布を送り出す。
単調な作業が続く。
大きな音の波にのまれて意識がゆっくりと離れていく。
夏頃だっただろうか。
蝉が鳴いていたことを覚えている。
ミンミンミンミン…
音がオーバーレイして消えていく。
ミンミンミンミン…
麦わら帽子を被っていたと思う。
最後にあの人の温もりに触れたのは、帽子越しだったことを覚えているから。
「すぐに戻ってくるからね」強張った声で私に泣き笑い語り掛けた髪の長い美しい人。
「その時は、おかえりって、言ってね。」
こちらに背を向けて歩き出す。背中がどんどんどんどん小さくなっていく。
追いかけたくても、追いついても、もう呼び戻せない背中なのだと知っている。
まだ物も覚えられないような年齢の私が覚えている、忘れがたい記憶。
引き止められなかった人、おかえりを、言えなかった人。お母さん。
空しくミシンの音が響く。
「危ない!」
一気に現実に引き戻される。
指をミシンに巻き込むところだった。
麻衣がこちらを見て笑う。
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乃木坂46小説『天体望遠鏡』-西野七瀬さんへ愛をこめて。
ダイアローグ
天文部は旧高等部校舎の三階にある。
少し埃の被った旧理科実験室。
放課後、生徒が帰宅を始めた頃、二人の女子生徒が観測記録を眺めている。
ほどなくして、片方が沈黙を破った。
「先輩」
「先輩って、ちょっと天然入ってますよね。」
驚くようにもう片方が顔を上げ、え、どこが、と声を上げる。
「例えば、転校してきて大分経つのにいまだに校舎間違えるところとか。」
俯きながら、笑う。確かに、この前は間違えて目の前の彼女が在籍する中等部の校舎に迷い込んでしまった。
「先輩を笑わせるの超簡単」
小馬鹿にされたのを笑いながら反論する。そんな赤ちゃんみたいな扱いを受けるのは久しぶりのことだった。
「私はちょっとやそっとのことじゃ笑いませんけどね」
はいはい、と言って観測ノートに目を戻す。
「先輩」
次は何だと、ノートを見たまま話を聞く。
「前に私が好きな人がいるって言ったの覚えてます?」
彼女は今、同じクラスの男子生徒に恋をしているはずだった。
「告白しようと思って呼び出しちゃいました。」
今度は、本当に驚いて顔を上げる。いつ、告白するのだと尋ねる。
「今です」
どこに
「あそこです」
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乃木坂46小説『サヨナラの意味』-橋本奈々未さんへ愛をこめて。
棘
帝都から離れた、北の小さな地方によく雨の降る里山の町があった。
町には一つの言い伝えがあった。
棘人は咎人だ。
棘とは罪の証。
その棘に触れると命を失う。
一章 トゲジン
大きな川の流れる小さな町、一つの暗い屋敷に来月行われる式典のために三人の女子高生が呼ばれた。式典の名前は棘刀式。
川の向こう側の大きなお屋敷の客間に通された三人は、思い思いに鞄からものを出し時間をつぶし始めた。
「七瀬が男役とはね。」生田はポツリとつぶやき、切り絵をしている。西野は青い文庫本を読みながら少しため息をつく。川の流れが強く聞こえる。
複雑に折りたたまれた紙から図形を切り抜くと美しい文様ができていく。それを見ていた高山は「私が今年は選ばれると思ったのにな。」と呑気な声で返す。二人は少し笑い、首を振って否定した。西野も本を置き、生田の切り絵を見ていると、本の題名を見て、高山は言う。「トゲジン」
「し・じ・ん」
生田と西野は同時に指摘する。
その時、ふと隣の部屋から物音がした。ヒュっと静かになる。高山が襖に手をかける。襖をゆっくりと開くと、美しい女性が窓際で赤い本を読んでいる。風が通り、こちらを女性が振り向いた。そして少しきつい目でにらむ。
反射的に襖を閉じ、驚きの声を各々があげる。
「私、初めて見た。あれが…」
そして、女性の脛にうっすら浮かぶ棘を思い出し、こう続ける。
「棘人。」
続きを読む乃木坂46小説『無口なライオン』-西野七瀬さん、若月佑美さんへ愛をこめて。
イントロ
くしゃくしゃと、転校届を丸めた。懐かしい声で昔の記憶がささやく。
「ここだけはね、時間が止まってるの_____」
Aメロ 一学期の終わり、夏休み
高校二年生。夏。
ちょっと多くなって来た宿題とともに訪れた夏。教室が夏休みに入って浮かれ始める夏。
若月佑美は、友人5人と夏休みの計画を練っていた。海とボーリングとカラオケと、それからお泊まり会でもしたいね、と言って。
教室の真ん中で騒いでいると、端の方に西野七瀬が1人単語帳をめくっているのが見えた。少し振り向いて、夏休み遊ばないか、と声をかけてもふと小さく苦笑いして首を小さく横に振った。
「仲良いんだっけ?」と訝しげに桜井に聞かれたが、曖昧に頷くしかなかった。
若月と西野は仲が良いんじゃない、仲が「良かった」のだ。
西野はまた、単語帳に目を落とした。下校のチャイムが鳴る。
少しばつが悪くなった若月は耳に髪を掛けながらはにかんで、輪に戻った。
桜井がふとチャイムの音を聞きながら、笑いながら小さく一言を暑く茹だった空気の中に放った。
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