乃木坂46小説『無口なライオン』-西野七瀬さん、若月佑美さんへ愛をこめて。
イントロ
くしゃくしゃと、転校届を丸めた。懐かしい声で昔の記憶がささやく。
「ここだけはね、時間が止まってるの_____」
Aメロ 一学期の終わり、夏休み
高校二年生。夏。
ちょっと多くなって来た宿題とともに訪れた夏。教室が夏休みに入って浮かれ始める夏。
若月佑美は、友人5人と夏休みの計画を練っていた。海とボーリングとカラオケと、それからお泊まり会でもしたいね、と言って。
教室の真ん中で騒いでいると、端の方に西野七瀬が1人単語帳をめくっているのが見えた。少し振り向いて、夏休み遊ばないか、と声をかけてもふと小さく苦笑いして首を小さく横に振った。
「仲良いんだっけ?」と訝しげに桜井に聞かれたが、曖昧に頷くしかなかった。
若月と西野は仲が良いんじゃない、仲が「良かった」のだ。
西野はまた、単語帳に目を落とした。下校のチャイムが鳴る。
少しばつが悪くなった若月は耳に髪を掛けながらはにかんで、輪に戻った。
桜井がふとチャイムの音を聞きながら、笑いながら小さく一言を暑く茹だった空気の中に放った。
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放課後になっても若月は、隣のクラスの井上を交え七人で止むことなく話し続けた。
気づけばチャイムが鳴り、野球部の掛け声がだんだんと大きくなった。下校するように担任に促され、帰り支度を始めた。エアポケットのような時間。帰宅部には少し遅く、部活生には少し早い、誰もいない空白の時間。少なくなった下駄箱の靴の数が夏休みを伝える。
いつも準備が遅い星野を置いて六人で歩き始めた。「ねーえー」1人自転車を飛ばしながら追いかけてきた星野が少し膨れながら生駒を小突く。今日は、生駒の告白作戦会議が少し長引いてしまった。今週末、生駒は先輩に告白する。先輩は半年間留学するらしい。
「好き」と伝えられなくなる前に、先に伝えておきたい。生駒が言い出したのはずいぶん昔のことだった。
桜井が少しニヤリとしながら、告白の手順を復習している。生駒が真っ赤な顔になって耳を塞いで逃げ出す。自然とみんなが駆け出す。いつしか競争のようになって、少し暗くなった帰り道を笑いながら走った。
若月は少し呆れたように髪を耳に掛け、一番後ろから追いかける。桜井が早く早く、と嬉しそうに呼びかけた。
若月は桜井の少し甘えた声で「10年、20年先にはきっとこの瞬間も忘れてしまうんだよね。」と夏休みの計画中にこぼした一言を、頭の中で反芻させていた。
Bメロ 星座と思い出
西野七瀬は、星座を愛していた。
というよりも、母親が話す星座の話を愛していた。
母は翻訳家で、よく出張で行ったハワイの星空を見せながら不思議な星の話を語ってくれた。アリエス・トーラス・ジェミニ・キャンサー。御伽噺が紡ぐ星の世界は、本の中と現実の世界の架け橋だった。
幼稚園の頃は寝付くまで母のそばで星座の話を聞いた。友達が少ない幼稚園に行くのも怖がる西野に母は、星を転々と回る王子さまの話もしてくれた。
実際にはかかわりもしない遠い遠い距離の星同士を地球から結ぶことは、宇宙の中にぽつぽつと寂しそうな星に「一人じゃないよ」と教えてあげているように思えた。どこか引っ込みがちな自分も、誰かと繋がってると、一人じゃないよと、そう言い聞かせられた。
それでも小学校に上がっても、なお西野は一人でいることが多かった。小学校一年生の頃はよく泣いて帰ることもあった。小学校に行っても教室の隅で絵本を読みながら、はしゃぐ友達を眺めていた。
二年生になる前の春、西野が一人で寄り道をしながら帰ると隠れ家を見つけた。海の近くのその隠れ家は、波で運ばれてきたガラクタを寄せ集めて、バラバラに放置されていた。
廃タイヤ、小さな三輪車、ボロボロになった傘、誰も使わない馬の銅像、犬のぬいぐるみ、流れ着いた手紙入りの瓶。
全部誰かが使った跡があった。愛着を持って使われたのちに捨てられたのだろうか。よくよく歩いて見てみると、これらの物はバラバラに置かれていないことに気づいた。馬の銅像は犬のぬいぐるみと向かい合うように、まるで話し合うように。廃タイヤは小さな三輪車の近くに寄り添うように、傘は手紙入りの便を雨から守るように。
一つ一つの物はバラバラでなく、確かにつながっていた。
初めて見た地上の星座だった。
呆気にとられて歩いているとガラクタ山の中心のキャンピングカーから女の子が出てきた。
黒い髪の黒い瞳の女の子だった。
「あんただれ。わたしはワカツキ。」ぶっきらぼうな言い方で少しにやりとしながら彼女は言った。そうして自分の隠れ家に迷い込んだ西野を引っ張ってガラクタの真ん中、「宇宙船」キャンピングカーの中へと引っ張っていった。
不恰好な裁縫で作られたぬいぐるみが鎮座するソファが彼女のお気に入りなようだった。
ソファに座らされて「わたしは、ななせ、です」小さく西野がつぶやく。若月がうなずき、口を開く。
「ここだけはね、時間が止まってるの」
「ほんと?」と返す。
そして若月は返す。髪を耳に掛け、少し悪い顔で、残酷で、優しく、笑顔で。
「ウソ。」
これはいつもの若月のお決まりの文句だったことをしばらくして西野は知る。
それから度々西野はこの隠れ家を訪れては、若月に星の話をした。夜遅くまで星が出るのを待っていたら、キャンピングカーの中で寝てしまっては西野の母がいつも迎えに来て「家出娘たちめ」と笑って叱りながら、少しだけ夜空を三人で見上げていた。
小学六年生まで続いていた関係は、西野の母の容態変化がきっかけで途切れることになった。
———西野の母は、二人が中学一年生の時に亡くなった。
サビ 無口なライオンを見つけて
若月は、先ほどの桜井の言葉を忘れられずにいた。走っていった彼女らを追いかけていると、珍しい姿を見つけた。ボロボロのスーツケースを引く女子高生の姿。西野だ。
見覚えのある道を進んでいく。あの隠れ家への抜け道。
ふと立ち止まって見ていると、桜井が自分を呼ぶ声がする。「先に行ってて」、そう言って若月は歩き始めた。あの懐かしい隠れ家へと。
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ふと目を覚ますと、横に懐かしい顔があった。気づいたら宇宙船で寝ていたようだ。
これもきっと夢だろうと、もう一度寝ようとすると声がかかる。
「ゆみだ。ほんとうのゆみだ。」
「何言ってんの。寝惚けてんの?」
にやりと笑いながら若月がこちらを見ていた。西野は、なぞる様に目で若月を追う。抱きかかえていたぬいぐるみを寄越せと若月は言う。直してやらなきゃ、と。
他愛もない話をした。「ここだけはね、時間が止まってるの。」いつも通りのウソをつく若月がそこにいた。西野もいつも通り、「ほんと?」と返してやった。「ウソ」とにやけながら応える。
「今日は家出をしているんだ」
西野は一言つぶやいた。
若月と西野にとって「家出」は約束だった。ここで会おう。ここで星を見よう。
Cメロ 家出パーティ
週末、学校の屋上で「好きです。」と頭を下げた生駒を突き放すように、片手でゴメンと言って先輩は逃げていった。
呆然と立ち尽くし、動けない生駒のケータイが小さくバイブレーションする。送り主は、若月。宛先は、あのいつもの6人だった。
「家出しよう\( ^o^)/」
バカみたいに気の抜けたメールが生駒を笑わせた。
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海岸近くの小さな立ち入り禁止の看板。
そこをくぐったのは、桜井だった。次いで、生駒・星野・井上・斉藤・堀がくぐる。そこは、ゴミ捨て場だった。真ん中にポツンと立つキャンピングカーの横に西野と若月がいた。
手を挙げ、こちらを呼ぶ若月、それに続くようにすこしはにかんで手を振る西野が見えた。かわいらしい制服と荒れ果てたゴミ捨て場が、余りにアンマッチ過ぎて少し桜井は笑ってしまった。おーい、と手を振り返して近づく。
しょげていた生駒が、馬の人形を見つけ、呟いた。「家出パーティもありだなあ。」
「パーティ!パーティ!」星野が飛び跳ねながら賛成する。
早速、拾った電飾がゴミ捨て場を埋め尽くし、どこかのイベントで使ったのだろう旗たちを次々と繋いで掛け渡していく。
ガラクタたちは今一度きれいに整列し、焚き火用の流木も拾ってきた。
気がつけば夜になっていた。
星野が自転車を飛ばして買ってきた花火でパーティが始まった。
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ふと目を覚ますと、横にクラスメイトの顔があった。気づいたら宇宙船で寝ていたらしい。
「みんな、起きろ~朝焼け見よう!」
若月が掛けた声を合図に外に出るとまだ暁の時間だった。朝日を見ようと波打ち際まで来ると、ふいに生駒が落ちている棒を拾い、砂浜に先輩の名前を書いた後隣に「バカ」と書き殴っていた。砂浜に文字を書いては波が消していった。ほかのみんなも倣って思い思いに書き始める。
西野も、波が来る直前に文字を書いて、波がすぐ来るのを待っていた。
一番大切な人の名前を波が消していくのを。
そして、西野は知っていた。桜井がそれを見逃さなかったことを。
朝日が昇り、一同は再び宇宙船で眠りについてしまった。
間奏 威嚇しなきゃいけない
パーティは翌日になっても続いた。騒いでも騒いでもこの「家出」を笑って叱りに来る人は、やっぱりいつまで経っても来なかった。
ただ、夕方になるといやな音がした。少し掠れた煩いエンジン音。車の迫る音だった。西野の父親が、連れ戻しに来たのだ。もうワガママ言っている暇は無いぞ、そう言いながら、西野の腕を強引に掴もうとした。
いつも以上に、西野が父親に抵抗する姿に若月は少し違和感を覚えていた。ただ、嫌がる西野の姿を放ってはおけず、若月も手を伸ばした。
その腕を先につかんだのは若月だった。砂浜からはだしで逃げ出し、二人しか知らない隠れ家からの秘密の抜け道を、ひたすら走っていった。
腕を引かれ、走っていく西野は目の前を行く若月の背中をぼんやりと眺めていた。そして思い出していた。
この背中が、キャンピングカーに、宇宙船に、連れて行ってくれたことを。
その乱れる黒髪を掛けるしぐさは、誰かに気を使っているときだったことを。
ひらひら揺れるスカートが、同じ高校に行こうと言ってくれていたことを。
嬉しくなって、笑いながら、切なくなって、泣いていた。
その全てを、もう見れないことを知っていたから。
ラスサビ あなたの優しさを借りてウソを
必死で走ると、波止場に辿り着く。誰も来ない波止場。二人だけの秘密。ほっと息をつき、目を閉じながら若月が言う。
「あの中だけだったね、時間が止まっていたのは。」
永遠だったのは宇宙船の中だけ。他愛も無くすごした時間も会話の内容も一緒にいた瞬間も10年、20年経つと忘れてしまう。この、今すら、きっと。
目を閉じ、息を切らし、少し上を向いた横顔はよく星空の下で見ていたあの顔だった。
好きだった。
初めて見た地上の星座を結んでいた隠れ家の主の若月。
裁縫にまめな姿も。
捨てられたものを拾い集める姿も。
同じ高校に行こうと、はにかんで笑った顔も。
耳に掛かるその髪も。
優しい顔で毎度ついた、あのウソも。
全部全部大好きだった。
桜井が追いかけてきたのが見えた。目線を交わし、お互いの疑念は確かなものになった。彼女も、きっと。
見せ付けるように、瞳を閉じた若月に、そっと顔を寄せた。
小さく、そっと、口付けをする。
「これで10年後も20年後も忘れないね」と呟く。
そして、あなたの優しさを少しだけ借りて言う。
「また二学期でね」
きっと若月は知っているんだろう。そんな二学期は来ないことを。
私が好きだった横顔から一筋の涙が流れていたから。
「ウソツキ」
小さな声で、優しく言い放つ。
アウトロ
夏休みの直前、単語帳に落とした目線の先にあったのは[sin]。罪。
きっとあなたは、許してくれないだろう。だからもうひとつだけ、罪を重ねるね。
転校する直前に、一冊、学校から本を借りた。きっとしばらく返すことは無いだろう、本を。
「星の図鑑」を。
いつか、遠く離れた星が結ばれるように。
私と貴女が結ばれていたように。
祈って。
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『無口なライオン』湯浅弘章監督 / 曲: 作詞 秋元康・作曲編曲 Shusui, ヒロイズム
出演:乃木坂46 西野七瀬、若月佑美、桜井玲香、井上小百合、生駒里奈、星野みなみ、斉藤優里、堀未央奈
無口なライオンはpv自体の完成度が高く、不思議な女子高生の匂いを運んできます。甘酸っぱくて苦しくて、あり得ない。でも群像が確かに生きていて蠢いていて、ちょっと汚くてちょっと優しい。
pvの途中で歌が止まり、ドラマパートのキーポイントから再び音楽が流れだす演出は、乃木坂楽曲の中では珍しいのではないでしょうか。だからこそ西野七瀬さんの唇をかむ演技は非常に効果的です。
また、キスや涙、ちょっと切ない表情のカット…一つ一つの伏線があって非常に懐かしくて苦しい内容になっています。
続編の『天体望遠鏡』『インスタントカメラ』も名シーンだらけです。
ぜひ書きたいな…と思っています。
追記
2018年9月20日に西野七瀬さんが、ほどなく10月1日に若月佑美さんが卒業発表をされました。
94年組、そして西若桜というトリオは御三家・生生星ほどメインストリームでなくても確かに乃木坂を支えた屋台骨でありました。
お二人の卒業に際して少し文章を増やして内容を濃くしています。続編も早いうちに書いていきます。
二人とも芸能活動は継続するようですが、乃木坂46一期生としての活動にはピリオドを打ちます。
乃木坂46を大きくしてくれてありがとう。たくさんたくさん頑張ってくれてありがとう。いつも全力でいてくれてありがとう。
若月さんの言葉を借りるのであれば、精一杯の愛を込めて。
ご卒業おめでとうございます。