Nogizaka46_Hinatazaka46 novel’s blog

乃木坂46、日向坂46のpv mvを小説化するブログ

乃木坂46小説『立ち直り中』

1針目 ミシンの音。

カタンカタンカタンカタン

 

板が打ち付ける音がする。ミシンの音だ。慎重に、慎重にミシンを紡いでいく。

カタンカタンカタンカタン

 

右手人差し指から、ゆっくりと左手方向に向かって真っすぐと布を送り出す。

カタンカタンカタンカタン

 

単調な作業が続く。

カタンカタンカタンカタン

 

大きな音の波にのまれて意識がゆっくりと離れていく。

カタンカタンカタンカタン

 

夏頃だっただろうか。

蝉が鳴いていたことを覚えている。

ミンミンミンミン…

 

音がオーバーレイして消えていく。

ミンミンミンミン…

カタンカタンカタンカタン

 

麦わら帽子を被っていたと思う。

最後にあの人の温もりに触れたのは、帽子越しだったことを覚えているから。

「すぐに戻ってくるからね」強張った声で私に泣き笑い語り掛けた髪の長い美しい人。

「その時は、おかえりって、言ってね。」

 

こちらに背を向けて歩き出す。背中がどんどんどんどん小さくなっていく。

追いかけたくても、追いついても、もう呼び戻せない背中なのだと知っている。

 

まだ物も覚えられないような年齢の私が覚えている、忘れがたい記憶。

引き止められなかった人、おかえりを、言えなかった人。お母さん。

 

カタンカタンカタンカタン

 

カタンカタンカタンカタン

 

空しくミシンの音が響く。

 

「危ない!」

 

一気に現実に引き戻される。

指をミシンに巻き込むところだった。

麻衣がこちらを見て笑う。

 

 

二針目 テレビの中の人

「ほんと、昔からぼっとしてるんだから。」呆れるように笑う麻衣は、幼い頃からの姉のような妹のような存在だった。可愛くて元気で面倒見のいい麻衣。

小学校のクラスも一校しかない田舎で、男どもはみんな外に働きに出て行ってしまった。女は、ここに残って紡績業に勤める。小さな田舎の強いしきたりだった。

だからか、小学校の顔なじみばかりで今はこの紡績工場で働いていた。顔なじみとはいっても、奈々未は麻衣以外大した友達もいなかった。

「いったん休憩にしようか」誰かが言い出し、遅めのおやつの時間を取ることにした。

奈々未も、自席に座りながらも周りの話に耳を傾ける。

休憩が始まると、お調子者の一実が文句を言いだす。同調するように奈々未の一つ上、最年長のもう一人の麻衣、深川麻衣も「こうやって貴重な若い時間ってどんどん減っていくんだね」と苦笑いしながら話す。不平不満が止まらない面々を見て、うんうんと頷きながらも白石麻衣は言う。

「世の中に不満があるのなら、まず自分を変えることよ。」

「自分を変える?どうやって?」不思議ちゃんの同級生、沙友理が聞く。

 

少し息をついて、麻衣は宣言した。

「私、この工場やめる。」

「やめて、どうするの?」不思議そうに一番年下の玲香が尋ねる。

「そうだなあ…私は…テレビの中の人になりたい。」

話を聞いていた面々は冗談を笑い飛ばすように、驚きの声と笑い声を上げる。

年上のほうの麻衣が、一人たしかに…と言いながら「もし、本物のアイドルに遭ったら自分もなりたいと思うのかもね」と納得するようにつぶやいた。

 

白石麻衣は、そんな会話の中で橋本奈々未が浮いていない顔をしているのを見逃してはいなかった。

「帰ろっか?」奈々未のほうを見ながらみんなに話す。

奈々未が頷くと、ほかのみんなも帰り支度を始めた。

 

三針目 秘密の庭園

夕焼けが靄に重なる田舎道を奈々未と麻衣は歩いている。

「もっとみんなとも話せばいいのに」ニコニコしながらスキップする麻衣は言う。

そういうのが苦手なんだと、俯きながら奈々未は答える。

 

そうだ、いい所見つけたの。

 

え。

 

工場やめる前に連れてってあげる。秘密の場所。

 

微笑む麻衣が連れてきてくれたのは、立ち入り禁止の看板がある家。

しばらく昔の領主さんが住んでいた家。

 

さびれた自転車がわきに捨てられている。折れそうなパーゴラにツタが絡みつく。白いままかけた彫像。

少し歩いていくと、小さなお庭があった。サンルームの中に閉じ込められた小さなきれいな庭園。

 

ここに来れば、駄目な人生がちょっとはまともに思えて、また頑張れる気になれるの。

 

麻衣がキラキラと木漏れ日を浴びて踊るように笑う。

 

見つけた秘密の場所をちょっとずつ掃除し始める。

毎日の約束。仕事帰りの楽しみができた。

 

私たちだけの庭。

 

少しくすんだ、淡い色のペンキ塗りの家。

葉のレリーフが施された髪留めを拾って麻衣につけてあげた。

秋になる前にピクニックもした。

 

姉妹杯なんて笑いながら、紅茶を手を絡ませて飲んだ。

奈々未は私のお姉ちゃんだね、と笑いながら麻衣がじゃれつく。

光射す小さな庭の妖精。愛おしい私の妹。

 

見て見て、と優雅に舞う大事な大事な私の麻衣。

 

逆光に溶けてくように眩しく笑う。

 

四針目 いつも

いつものように、庭園に訪れる。

 

麻衣がいる。

 

 

そして、なぜか工場のみんながいる。

一瞬怯んだ。なんで、なんでいるの。

脇にそっと入り、読書を始めた。

 

沙友理がこちらにカメラを向ける。

うまく笑えずにいる奈々未を、沙友理は楽しそうに見つめる。

こっちにおいで、と。

 

渋々、重い腰を上げて動く、

 

久しぶりに話す、工場のみんな。

年下の甘えん坊の真夏がすぐに飛びついてくる。いちご摘んできたよ。

奈々未の口に運んでくる。驚いたように顔を上げると真夏が口を開けて待っている。

仕方ないから真夏の口にも運んでやる。

 

年上のほうの麻衣が、奈々未におしゃれしなさいとお節介を焼いてくる。口紅を塗ってくれた。ほら、可愛いでしょう。くしゃっとした笑顔。

 

一実がホースを引っ張り出してきては水をぶちまけ出した。

 

散々騒いでいるのを見ているとなんだか笑えてきた。

いつぶりだろうか、手をたたいて笑うのは。

 

 

麻衣は、それを見届けると、ふとその場を去った。

 

五針目 蝉の声

それから、麻衣は紡績工場に来なくなった。

 

おかしい。

 

どこを探してもいない。

 

工場も。

 

麻衣の家も。

 

秘密の庭も。

 

帰った道にも、いない。

 

そう思って、ふと顔を上げると知らないコートを着て知らない鞄を持っている、よく知った背中を見つけた。

 

麻衣。

 

麻衣

 

「麻衣!」

 

大きな声で呼ぶ。あの背中はダメな背中だ。

 

ゆっくりとこちらを振り向く。

あの笑顔でこちらを見返す。

 

間もなくして、また背中を向けて歩き出した。

 

麻衣。

もう二度とは呼べなかった。

 

蝉の鳴く声がした。

 

六針目 ミシンの音

いなくなって、どれからの時が立ったかも思い出せない。

淡々と過ぎる毎日。

カタンカタンカタンカタン

カタンカタンカタンカタン

カタンカタンカタンカタン

カタンカタンカタンカタン

 

ふと目をやると、テレビが目に入る。

カタンカタンカタンカタン

カタンカタンカタンカタン

 

カタンカタンカタンカタン

 

カタンカタンカタンカタン

 

音が遠のく。私の可愛い妹が映る。

 

カタンカタンカタンカタン

カタンカタンカタンカタン

 

カタンカタンカタンカタン

 

カタンカタンカタンカタン

 

ガタッ

 

指を切って気付いた。

もう止めてくれる人のいないミシン。

 

血が流れ出る。

 

そこに姿があるのは変わりないのに、もうこの声は届かない。

 

麻衣。

心の中で小さくつぶやく。

 

麻衣。

いくら叫んでも、もうこちらに笑顔を見せてはくれなかった。

 

麻衣。

呼びながらも気づいていた。

 

あの時、あなた泣いてたでしょう。

 

知っているんだよ、あなたの背中震えていたでしょう。

 

今は、泣いていないの。

大丈夫なの。

 

私はね、

 

大丈夫じゃないよ。

 

七針目 いつか言いたかった言葉をあなたに。

あれからもう10年は経ったと思う。

 

奈々未は、母になった。

「今日何食べたい?」

小さな愛し子に聞く。

 

「私が作ってあげる」なんて豪語しながら、家への道を走りだす。

 

走ってたどり着いた先は、あの小さな庭園。

建築を営む旦那が家を造り替えてくれた。

 

少女が庭にたどり着くと、一人の知らない女性が立っていた。

お名前は?と尋ねられる。

「はしもとななみです」

 

お母さんがやってくる。

 

立ち止まって、奈々未がこちらを真っすぐ見ている。

いや、少女ではなく、この、目の前にいる女性をただ、真っすぐ見ている。

 

小さな声で、つぶやくのが聞こえた。

 

「おかえり」

 

女性が小さく、綺麗な笑顔でつぶやき返す。

 

「ただいま」

 

奈々未が崩れた笑顔で言う。

 

私の大切な大切な妹。

「テレビの中の人だ」

 

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『立ち直り中』湯浅弘章 監督 / 曲: 作詞 秋元康・作曲 福田貴司

出演: 乃木坂46 橋本奈々未白石麻衣深川麻衣高山一実衛藤美彩松村沙友理秋元真夏

 

 

無口なライオンシリーズでも監督を務められた湯浅弘章さんの作品。

橋本奈々未さんを主人公とするPVですが、楽曲のセンターはこの裏主人公でもある白石麻衣さん。

この作品は、8作目『命は美しい』のカップリングですが、ファンにとっては後にとても重い意味を持つ作品にもなります。一貫して語られる橋本奈々未さんの少し翳った、そして畏ろしい程の人間味。深川麻衣さんの俯瞰してなお、全体を纏められる優しい様子。何より、乃木坂46全体で感じられるアイドルらしからぬ部分が抉り出されています。もしも、私たちがアイドルじゃなかったら歩んでいたであろう光輝くことのない、美しい日常。 誰からも注目されることなく、生きることができていたもう一つの人生。

心のどこかで、そんな人生もあったのかと唸るように聞こえる声。

湯浅さんの作り出す画。逆光やゴーストを多用しどこか別の世界のようなそっと世界線をなでるような、非現実的な紫の色。

これらが、深川さんが、橋本さんが卒業した後だと簡単に非現実のようには思えないのです。俯瞰していた二人が持っていた雰囲気が乃木坂46の黎明期には欠かせないものでした。

今や、白石麻衣さんは芸能界でも指折りのモデル。そして乃木坂46の誇るまごうことなきスーパーエースになりました。

 

そんな白石さんだからこそ、抱える悩みや不安があるだろうと感じてしまいます。

 

でも、きっと大丈夫だとこの作品はいつもいつも教えてくれるのです。

白石麻衣さんと同学年ながらも、ずっと支え続けてきた乃木坂46の影のエース、橋本奈々未さんが笑って白石さんを迎えてくれていることを。

 何かつらいことがある時に、戻ってこれる場所を守っていてくれることを。

 

いつか卒業するときに、橋本さんが笑いながら

 

「テレビの中の人だ」

 

と言ってくれることを。